コールJUNブログ

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長崎は今日も雨だった!?(長崎紀行)

              コールJUN  伊藤幸二
 梅雨真っ盛り、毎年恒例の県民プラザにて開催、東葛文化祭のコーラス出演を無事に終え、念願だった長崎旅行を敢行した。
2年程前に当地に単身赴任中の次男坊(製薬会社勤務)のマンションを基地に1週間ほどかけて長崎周遊を楽しもうとの計画を実行。
5月の連休頃に、コーラス関連の行事が終わったら行く予定と伝えていたが、航空券を安くゲットすべし、その為にはスケヂュールを早く決めて欲しいとの事、5月末ごろになって漸く、日時を確定しチケットの購入を頼んだ。
幸いに6割引ほどの早得割引で確保の連絡あり。正規の運賃では、夫婦で往復15万円以上掛かるらしいが、何とか半分ほどで助かった。
どこに行きたいのか、概略スケヂュールも連絡してくれと、、、、旅行案内(るるぶ等旅行雑誌も参考に)で大まかな計画を連絡。
ハウステンボス(5年ほど前にツアーで観光済み)と、軍艦島観光(事前予約制)はカットし、市内観光と島原周遊、五島列島(福江島・教会遺跡等)、佐世保から平戸周遊を希望したが、、、そんな欲張った計画は無理とのこと。
週末は島原半島周遊と五島列島を車で案内する、仕事のある前後の3日程は、二人だけで市内観光なら勝手に巡ってくれと、、、出発前の概略計画はほぼ決まった。雨は覚悟の上で梅雨真っ盛りの長崎観光に出発した。

昼過ぎ羽田発のJAL便はガラガラ、14時半長崎空港着、出発前に雷警報発令の為、場合によっては福岡空港か羽田に戻る事も有りとのアナウンスがあり、こりゃやばいと思ったが、海上空港の長崎空港は一時晴れ間も出ていて、スムーズに到着した。
空港出口で、まさかの息子のお迎えハップニング。事前の打ち合わせでは、空港からバスにて長崎駅前のターミナルまで行き、そこでマンションの鍵を預かって、宿に行く手筈だったが、仕事の段取りを終えて、夕暮れまで3時間ほどの間、車で案内できる所を廻るとの事。
長崎市内まで高速で40分ほど、この時間の稲佐山観光は雨雲が掛かり無理、途中で長崎半島を南下する事にし、霧雨が降り出した中、「野母崎(長崎港入港の最突端)」を目指したが、雨模様の中、伊王島と軍艦島の遠景(雨雲漂う中に軍艦らしき島影、フランスのモンサンミッシエルにも似ている?)が見える場所でUターンし、長崎市内に戻ることにした。
市内南端の大浦天主堂とグラバー邸付近に戻って、今日は大浦天主堂のみ見学。
付近はホテルや土産物屋がぎっしりで、興ざめな場所になっている。
グラバー邸は後日にして、18時頃にはマンションに到着。長崎駅から徒歩3~4分、坂の途中の13階建て。スペアキーの使い方を聞いて明日からは2人で歩き回ることになる。
長崎最初の夕飯は息子の勧めで新鮮な魚を味わう(ネットに出ている寿司屋らしい、ネタが良いのか、小汚い店だが、予約で満席)。

翌日息子は仕事に出かけ、我々2人は長崎市内の観光名所をのんびりと廻ることにした。南北7キロ、東西(山と海の狭間)3キロほどの狭い市街地は市電で簡単に行ける。(十字架を逆さまにした市電の路線図)
長崎駅前から500円の市電1日券で、大半は10~15分もあれば移動可能。平坦地が少なく坂ばかりの街並みは、超過密の感じがする。いくら移動手段が便利でも目的地への徒歩は、アップダウンが多く、じじばばにはきつか~。

先ず市内北端にある「平和記念公園と浦上教会」へ、何とか雨は上がったようで、「長崎原爆資料館」を含め御馴染みの場所に10時頃到着。
3回目の長崎だが、遥か59年前、高校3年の修学旅行で来た、この公園とグラバー邸のみ、かすかな記憶がある(当時大阪港から別府航路・船中泊で阿蘇(泊)から島原、雲仙(泊)経由、長崎から夜行で四日市まで戻った)。
観光客は外国人と中学生の団体が多いが、原爆資料館から5分ほど歩いた、赤いレンガの映える「浦上天主堂」は、我々2人のみで超閑散(誰もいない教会で♪長崎の鐘♪を唄う)。原爆投下地にも行ってみたが、黒い石碑のモニュメントのみ、誰もいない雨上がりの公園は静謐な中、ちょっと不気味さも感じた。
その後市電で南下し、途中の中華街近くで降車し、ちゃんぽんと細麺の皿うどんの昼飯(ガラすきの中華街、超閑散期という証明)。
昼飯後、歩いてすぐの「出島」へ直行。出島の完成は1636年。幕府の鎖国制度後250年余り西洋への唯一の窓口で、オランダ人のみ居住が許された状況が再現されていた。日本の近代化に果たした影響は大きかった遺構でもある。
1時間ほどかけて見学を終え、市電乗り継ぎで、市内西南端(南山手地区)海沿いの高台にある「グラバー邸」へ。
梅雨明けのように晴れて大波止場の桟橋には超豪華客船が接岸しており、夕方出航の為か外人観光客(中国人?)が乗り込む姿が間近かに観察できた。
以前来た時と違って、高台にある庭園には斜行エレベーターやエスカレーターも完備され観光客も歩いて上る距離は少なくなった。
長崎の街並み全体が見渡せて、長崎観光人気NO1スポットは、夏空が広がり、オペラ「蝶々夫人」の舞台を夢想する雰囲気の、実に気持ち良い場所だ。
1時間ほど散策後、明るい夕暮れの中、長崎駅まで戻り、駅中のスーパーで今晩の夕飯用の材料を購入(明日から島原と五島への旅行を控え)、外食ばかりでなく、今宵は(扁炉・白菜鍋)自宅での夕食にした。
8時前に夕食を終え、天気も良好、長崎の夜景を観る絶好のチャンスと長崎港の対面(西)にある「稲佐山」へ直行。東京より1時間ほど夕暮れが遅く、漸く日が沈んだばかり、星空も見えて最高の長崎夜景(新世界3大夜景?)が堪能できた。
翌朝早く(5時前)息子は佐世保へ仕事で直行、昼過ぎに戻ってきたが、午前中の3時間、小生単独行で、宿の近くにある、日本二十六聖人殉教記念館を訪ねた(最年少14歳の少年3人を含め26人が衆人環視の中磔刑となった殉教の聖地・宣教師ザビエルや天正少年遣欧使節の自筆書簡等400年前の資料多い)。
1時間ほどで見学を終え、駅前から南東部の市電終点、蛍茶屋駅から徒歩10分ほど、「シーボルト記念館(鳴滝塾)」へでかけた。
江戸末期の頃、各藩の志士達が憧れた、長崎出島、鳴滝塾は、日本の近代化燭光の場所でもある。帰り道に観光スポット眼鏡橋にも立ち寄って帰宅。
五島うどんでの昼食後、息子は午後年休を取り、島原周遊に出発した。

長崎から諫早経由、橘湾(南シナ海側)沿いに時計の逆回りで小浜温泉を経由、最初の目的地、半島南端の「口之津」港へ。
南蛮船の渡来地、三池炭鉱の石炭集積港、日本の船乗り出身地で有名な港町、天草諸島への玄関港になる。歴史資料館の観光客は我々のみ閑散。
口之津から島原の乱で有名な「原城跡」へ。天草四郎がわずか16歳で3万人以上の領民を指揮し、幕府軍の猛撃を88日間耐えたのち全滅した城跡。往時を偲ぶものは何もなく、有明海沿いに広がる城跡のみ、往時茫々なり。
今日の行程は、昨年読了した司馬遼太郎作「街道を往く」の島原・天草の道を辿る旅ともなった。
ずーと晴れ間が続いていたが、「雲仙普賢岳」は雲の中で全く見えない、火砕流の記念館(がまだすドーム)は閉館後で入れなかった。
夕暮れ迫る頃、島原市内、ホテル「南風楼」に到着。
週末の金曜、お客で混雑のホテルは有明海の海沿いに建ち、露天風呂からは正面に熊本市の金峰山や熊本市の灯火も見える距離だが、夕靄がかかって阿蘇の山並みは見えなかった。
翌日は「島原城」を見学後、雲仙を経由して昼前に長崎市内に戻った。
暫しマンションに戻り休憩後、大波止桟橋14時半発の五島行ジェットフオイル船で「福江島」に向かう。

下五島列島福江港に16時半ころ到着、レンターカーを借り夕暮れまでに島の北端にある「赤崎教会」(島では最古の教会群)に向かう。海辺に建つ赤煉瓦の小さな教会を見学後今夜の宿に入った。
夕食はなじみの居酒屋へ、地元の新鮮なウニやイサキのさしみに舌鼓を打ち、初めて食べる赤ハタの煮つけ(きんきと同じ?)の美味にびっくり。
日本最西端の島(東京から1千キロ以上西)の日暮れは遅く8時が過ぎてもまだ空が明るい。明日の島内1周に備えてビジネスホテルに早く帰った。

翌朝ほぼ四角形の福江島の北北西を目指して出発、途中で真っ白な教会(水の浦教会)を見学後、北西端の三井楽地区へ、上五島列島の島々と南シナ海のみ何もない岬の浜辺の一角に「辞本涯」の記念碑があった。
7世紀遣唐使で渡海した弘法大師空海が、日本最後の寄港地を去るにあたり記録した文章の碑らしい、此処(本土)を出れば後は風任せ、大陸へ渡る際の、悲壮な覚悟の辞であろう。
島の西側を海沿いに南下、美しい浜辺が続く、急にスコールの雨が降り出した。30分ほど大雨の中、島の西南端、日本で一番最後に夕日が沈む所、「大瀬崎断崖」に到着。
雨は上がったが風強く蒸し風呂のような湿気と暑さの中、突端の大瀬崎断崖灯台まで往復2・5キロ約1時間余、椿の木のトンネルを昇り降りしながら、ようやく灯台に到着(喜びも悲しみも幾年月のロケ地)。
往時遣唐使の一行もこれが見納めと眺めた断崖、海上100メートルほどに建つ灯台は25キロ先まで光る灯台だそうだ。
息子から、あの灯台まで往復できたんだから、我々じじばば2人は、まだ5年は大丈夫持ちそうだと言われたが、熱中症寸前、ばてばての行程だった。
付近には昼飯を食べるところも見つからず、一旦福江に戻ろうとなって13時過ぎに福江市内に戻り遅い昼食となった。全行程140Kのドライブ行で終了。

帰りの船は16時半発、上五島の奈良尾港に寄港して長崎へ、海から長崎の町を観ながら、18時半長崎港着となった。

波止場から歩いて宿に帰ってみようと10分ほどで帰宅、お疲れさんの招待旅行でした。長崎旅行も無事終了。ありがとさん。

前半には雨模様も有ったが、後半はにわか雨に降られた程度、概して午後は晴れ間の日も多く、「♪長崎は今日も雨だった♪」の確率は3割位でした。

最終日はゆっくり起きて、10時過ぎ長崎駅前のバスターミナル迄歩き空港へ、12時半発羽田行きで、猛暑の東京に14時半無事帰着。

念願の長崎旅行も叶い大満足。来年は今回行けなかった、平戸、壱岐、対馬や佐賀、福岡の玄界灘側の史跡を観光したい(今度は一人歩きで行くからね)。

長崎、よかとこです。いっぺんきまっせ!。

<追記>
長崎から帰って早や10日が過ぎたが、旅行で全エネルギーを放電したようで帰って間もなく夏風邪による熱発でダウン。やわな老体を再整備、再充電する事態となった。
ほんま、プラス・マイナス、ゼロや、、、、、、これぞ、エネルギー不滅の法則?、否”過ぎたるは及ばざるがごとし”だと思い知らされました。

              2016年7月15日 JUNブログ 寄稿
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  1. 2016/07/17(日) 23:26:49|
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