コールJUNブログ

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別れの合唱歌(卒業式名歌)の感動と追想

                  コールJUN バリトン 伊藤幸二
 日本全国の津津浦々でいろんな形の卒業式が行われる季節になりましたね。
今年の新年早々から、現在の小中高校で最も多く歌われている、卒業歌の中で
、ベスト番付け?、、、ナンバー3の内に数えられる、名曲「旅立ちの日に」と
「仰げば尊し」に関する話題が、テレビや新聞のニュースで報じられたのを、
皆さんは気付かれましたか?
「旅立ちの日に」は、現在でも多くの学校で、この10年程、最も人気のある
卒業歌として歌われ続けているようですが、皆さん、アラ還やアラ古希の年代
では、当然、そんな歌知らん、我々の時代は「仰げば尊し」しか思い出せん。
そりゃー、当たり前ですよね。
我々世代の卒業なんて、半世紀以上前の事、時代の移り変わりの速さにはなか
なか付いていけませんよね。
勿論、今でも「仰げば尊し」は歌われている様ですが、我々の娘や息子達の世
代(アラフオーorアラサー?)や、其のガキ共(孫世代)は、古色蒼然とし
た「仰げば尊し」は歌ってない、知らないよと言われるかもしれませんね。
だけど我々の世代には、この曲がテレビの画面等で流れてくると、一瞬にして
往事が想い出され、、、小生なんかは涙が滲んでくる事がままありますね。

この1月に、此れまで長年、作詞作曲者不明で謎?の曲だった「仰げば尊し」
の原曲が、一橋大学の名誉教授の長年の研究で発見されたんです。
1871年当時の原曲となる楽譜が、アメリカで見つかったんだそうです。
この歌を、明治政府が1884年(明治17年)に文部省唱歌に選定し、それ
以降、明治、大正、昭和と長年に亘り全国の学校の卒業式で歌われる定番曲と
なったのが、この曲の歴史のようです。
ご存知の歌詞(1番のみ)ですが、、、戦後其の歌詞の内容が古臭く、民主主義
にそぐわないとして、批判の対象となり、大都市を中心にこの歌を歌う事を憚
る空気が多くなり、最近は歌われる機会が少なくなった理由ですね、、、、、特に
(2番の)歌詞が、戦前の国家主義礼賛内容だとして批判されたようですが、
下らない理由ですよね、、、国歌「君が代」より、はるかにこちらの方が素晴ら
しい内容の名曲だと思いますね。
小生は今でも、歌の最後の部分になると背筋がぞくっとしますね。
♪ (1)仰げば尊し、我が師の恩、
       教えの庭にも、早や幾年(とせ)、
         思えばい疾(と)し、この年月、
           今こそ別れめ~、いざ~さら~ば ♪

さて、我々の子供達の世代(アラサー・アラフオー?)の卒業歌として、この
名曲よりも「巣立ちの歌」、「旅立ちの日に」や「大地讃頌」等、合唱曲だけで
なく、ポップス系?のヒット曲、海援隊の「贈る言葉」、SMAPの「世界に
一つだけの花」、「Believe」、ユーミンの「卒業写真」、森山直太朗「さくら」
等を歌いやすくアレンジして卒業式に歌ってきた学校も多いそうです。
その中でも「旅立ちの日に」は、目下卒業式の合唱曲としては、ナンバーワン
を維持している名曲なんですね。皆さんはご存知でしたか?
この歌も、今年1月、作詞された、埼玉県秩父市の中学校の校長先生が80歳
で急逝され、卒業式の定番ナンバーワン誕生の秘話として、新聞でも報道され
、テレビ等でかなり詳しく放映されたのに気づかれた方も多いと思います。
我々の混声合唱団(ミレニアムハーモニー)でも、2年前から、レパートリー
の一曲として、この歌の練習に励み、今では大切な持ち歌の一曲になっている
んです。
最近でも時々、練習の最後に、山本晴美先生の素晴らしいピアノ伴奏で、この
曲を皆で歌って練習を終えるんです。
飯野コーラスフアミリー創設の師である、飯野淳也先生の生まれ故郷、秩父の
中学校から、こんな素晴らしい卒業ソングが生まれた訳です。
ミレニアムハーモニー(混声合唱団)に加入して、もう7年目になり、かなり
の名曲を歌ってきましたが、この歌や「巣立ちの歌」等は、小生にとっても、
別れに歌う合唱曲、ベストスリーに入る名曲中の名曲ですね。

この歌の誕生は、1991年、歌声の響く学校を目指して、卒業の記念に何か
残したい思いと、校長(小嶋登先生)自身の退職(60歳)が重なって、部下
の女性音楽教師(坂本浩美先生)の要望で苦心の末、歌詞を書き上げ、その歌
詞を渡された、坂本先生が見事な其の歌詞に曲想が直ぐに湧き上り、僅か15
分程で作曲してしまったというエピソードなんです。
始めの頃は、先生の中学校でだけ歌っていたそうですが、その後、埼玉県下の
学校に拡まり出して、瞬く間に全国の学校の卒業式で歌われる定番曲に大化け
した、名曲誕生の秘話なんですね。
我々は混声三部で歌っており、歌詞の内容の素晴らしさは勿論ですが、間奏部
の晴美先生のピアノ伴奏にぐーと涙をこらえ、女声と男声の掛け合いで歌う、
最後の盛り上がり部分 *で、上手くハモリが最高潮に達すると、、、、、、、
感動のクライマックスの一瞬が味わえるんです。
日本人の感性に合うんでしょうか、、小生だけの幼稚?な感傷なんでしょうかね。
素晴らしい歌詞は、、、以下のとおりです、、、YouTubuで色々試聴できますよ。
 (1)♪ 白い光の中に、山並みは萌えて、
       遥かな空の果てまでも、君は飛び立つ、
        限り無く青い空に、心ふるわせ、
         自由を駆ける鳥よ、振り返ることもせず、
          勇気を翼にこめて、希望の風にのり、
           このひろい大空に、夢をたくして、 ♪
 (2)♪ 懐かしい友の声、ふとよみがえる、
     意味もないいさかいに、泣いたあの時、
      心かよったうれしさに、抱き合った日よ、
       みんな過ぎたけれど、思い出強く抱いて、
        勇気を翼にこめて、希望の風にのり、
         このひろい大空に、夢をたくして、♪
  (*)♪ いま別れのとき、、、 飛び立とう未来信じて、
         弾む若い力信じて、、このひろい、、、、
        このひろい、、、、、大空に~~~♪(*くりかえし)

この名曲誕生の地、秩父市では、今でも正午と夕方にこの曲が流れているそうで
すが、市内を見下ろす公園にはこの曲の記念碑があり、名曲を聴きながら秩父市
内(秩父盆地)の絶景が展望できるそうです。
この4月末、この地で活動中のコーラス団(女声合唱団、コール四季・飯野コー
ラスファミリー)のコンサートが開催され(秩父アミューズメント音楽堂)我々
が所属する男声合唱団(コールJUN)にも友情出演の依頼があって、コンサー
ト出演と飯野先生出生地の学校や施設での慰問コンサートも企画されています。
今から先生の故郷秩父に行って歌えるのが楽しみなコンサートになりそうです。
「コール四季」さんのコンサートで、フィナーレかアンコールの時にでもこの曲
を全員で合唱するような事にでもなれば、感激もまた一入なんでしょうが、、、、
友情出演の「コールJUN」のメンバー全員が、この名曲を歌える訳でも無い?
ので、、、、、無理かな?、コンサートの打ち上げ会ででも、全員合唱で歌いたい
気持ちですね。
この歌に纏わる、もう一つの手前味噌のエピソード?なんですが、、、、、先日
都内の幼稚園に在籍する長男の末っ子(孫)の最後の卒園前の発表会(生活発表
会)があり、リリオホール(亀有)の大舞台でのフィナーレに、卒園者全員(70
人程)がこの歌を斉唱して幕になりました。
幼稚園児までこの名歌を歌う事に驚くと共に、先生方のご指導の賜物か、本当に
きれいな合唱(まったく力みの無い同声の清らかな歌声)になっていて、最後の
フィナーレで繰り返し歌う”大空に~~~”の最高の高音部、全員の声が唱和?
して、ファルセット?の声になって、ふあっと、空中に浮かんだように聴こえて
きたのには、、、もうビックリしてしまいました。
幼児(6歳児)でも訓練?すれば、、、あんな澄んだ声が出せるんでしょうかね。
天使の声が降ってきて、本当に感動の瞬間、周りの親御さん達も全員涙ぼうぼう
の有様、、、、、小生も感動で涙が流れっぱなしで、しばらく立ち上がれず、
背筋が、ぞくぞくっと来てしまいましたね。

さてさて、長々と「旅立ちの日に」の感傷エピソードを書いてきましたが、もう
一曲の卒業名歌?のエピソードに、、、もう少しだけお付き合い下さい。

「旅立ちの日に」が卒業式でこの10年ほど(孫世代?)に歌われているベスト
ワンとすれば、その前(我々の子供の世代?)のベストワンは、「巣立ちの歌」
だったようですね?
アラフオーの子供達に聞いてみると、歌った記憶は有るが、自分の卒業式で歌っ
たかどうか、よく覚えてないと言います、、、この歌は1960年代後半、今から
40年以上前に、村野四郎先生作詞、岩河三郎先生作曲で誕生しているんです。
「仰げば尊し」が廃れて、だんだんとこの歌が卒業の定番曲になっていったよう
ですが、詳しい経緯は小生にはよく判りませんが、、、、、、、。
この歌にも、作曲家岩河先生との関係で、われわれの合唱団には、かなりの思い
入れのあるエピソードがあるんです。皆さんもご存知?の秘話です。

飯野先生の企画とご尽力で、2004年の秋(小生は同年春入団)、飯野コーラス
ファミリーグループの関連コーラス団(全員約200人程)が、佐渡島に渡り、、
現地の合唱団も加わり「アミューズメント・ホール佐渡」で、佐渡市誕生の記念
コンサートが行われ、岩河先生作曲の合唱組曲「佐渡の四季」を披露して、
想い出に残るビックなコンサートとなりました。
翌11月に、東京池袋の「東京芸術劇場大ホール」でも、満員の聴衆の前で同一
演目による再コンサートを大成功させ、団員一同、生涯に二度と無いと思われる
、、、大舞台での合唱を味わう醍醐味を、2回も続けて経験できた事です。
翌2005年12月には、作曲者ご本人の岩河三郎先生を、「柏の葉・県民プラザ
ホール」にお招きし、飯野コーラスフアミリー6団体(東葛地区のみ)で先生
の作詞、作曲、編曲作品を中心に「ようこそ!岩河先生!」コンサートが開催さ
れたんです。
小生も男声コーラス「コールJUN」と混声「ミレニアムハーモニー」で舞台に
出演して、歌わせて頂きました。この時の最終曲を岩河先生自らの指揮で、この
「巣立ちの歌」がフィナーレとして、出演者全員での大合唱になったんです。
歌詞はご存知の(1)のみですが(2番は省略)
♪ 花のいろ、雲の影、
   懐かしい、あの想い出、
     過ぎし日の、窓に残して、巣立ちゆく、
       今日の別れ、、、、、、
     いざさらば~、さらば先生~、
         いざさらば~、さらば友~よ、
             美しい~、明日の日の為 ♪

冒頭から、女声と男声の掛け合いが続いて、最後の”いざさらば~さらば先生~
いざさらば~、さらば友よ~、、、、”の部分は、男声の方が女声より高い音域?
を歌い上げて、フィナーレになって行くんです、、、、、思いを込めて歌い上げる、
切なさがこみ上げてくる、泣きどころ?、、、最高に盛り上がる?ところですね。
この時のDVDを今でも時々観ますが、、、晴美先生の素晴らしい伴奏と岩河先生
のゆったりとした指揮の下、全員が歌ったあの時の感動が、未だに昨日のように
甦ってきます、、、、、皆さんもお暇なときに、あの感動の姿を、今一度じっく
りと観賞して観られたら如何でしょう。
飯野先生の超お元気な姿や、岩河先生との当意即妙の会話やユーモア溢れるやり
取りの名場面に、感動を新たにされると思います。
やはり、この歌「巣立ちの歌」は卒業名歌です。
「旅立ちの日に」と同じ、泣ける、痺れる、青春を一瞬にして回想させてくれる
卒業名歌の双璧なんじゃないでしょうか???

長々と、手前勝手な感傷と追憶の迷文?になってしまいましたが、先生方のお陰
で今日まで、楽しい想い出と感動を、コーラスを通じて団員の方々共々頂いてき
ました。本当にコーラスを続けて良かったとの思いです。
先生方や仲間の皆さんと、このような一期一会に巡り会えて、、、、、、、幸せ
と感謝の日々が過ごせるんです、、、、、、、、本当に有難うございました。
                                以 上
   2011年3月3日寄稿
                  コールJUN (バリトン) 伊藤幸二
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  1. 2011/03/03(木) 23:24:42|
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