コールJUNブログ

コールJUNホームページを補足する。写真も掲載。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

歌の思い出

                      2012年7月12日       安 邦男
私は、戦後の物不足や、一部に艦砲射撃による傷跡が残る茨城県北部の日立市(合併前は多賀郡多賀町)で小学5年までを過ごした。そのような中で母は、台所に立ちながら、また野良仕事をしながらよく歌を歌っていた。歌は、童謡や戦前の流行歌が多かった。いちど母は、なぜ歌うようになったのかをぽつりと漏らしたことがあった。母は、戦前に看護婦をしており、「歌うと患者さんが喜ぶから…」と言っていた。
私は、戦後間もなく開園した幼稚園に通った。園名の頭に、“シオン”とあり、意味は分からなかったが良く讃美歌を歌った。卒園式には、当時、地方には珍しかった外国の方が2人ほど来られ、卒園を祝ってくれた。おそらく教会の関係者であったろう。
そのようなこともあって私は、子供のころから歌が好きだった。歌は、父が手回しの蓄音機と童謡のレコード盤を買ってくれたこともあり、“おさるのかごやアメフリ、十五夜お月さん、証城寺の狸囃子など“を、長さ15ミリ位のレコード針を取換えながら何度も飽きずに聴いた。
中学に入ると、音楽専門の先生がおられ、ピアノを弾きながら歌を教えてくれた。その中に、“ローレライ”があった。一人でいるとき私は、教科書にある歌詞を読みながら、「ラインの流れとは、どのような流れなんだろう。ゴツゴツした岩の迫った急流なんだろうか?」とか、「少女の歌に憧れて、人も船も波間に沈めてしまうような声とは、どんな声だったんだろう。」などと、想像をかきたてられた。(写真はローレライにて)
securedownload.jpg 以後、会社に入るまで、歌とは無縁であった。
会社に入ると、種々のサークル活動があったが、クリスマスコンサートを聴いたのを縁に、音符が読めない不安はあったが、職場合唱団に入らせてもらった。団員は、混声合唱で120人位、男声で40人位いた。練習は、パートリーダーによるパート練習を経て、全体練習に入ったので、当初抱いたような不安はあまり感じなかった。当時は楽器も少なく、音取りはリーダーが音叉ひとつでやっていた。
年に一度は、全日本合唱連盟から、確か秋山と言われる先生が来られて指導をしてくれた。私は、若さの至りで失礼をも顧みず秋山先生に、コーラスの奥義は何ですかとお聞きしたことがあった。先生は、即座に「合唱とは、高音の得意な人やその逆の人。息の長い人や短い人。大きな声が出る人や出ない人など様々である。互いの長所を生かし、弱点はカバーしあって良いハーモニーを作り出すことである。」と言うようなことをおっしゃられた。良い話を頂いた。50年を経た今でも、時々思い出しては、教訓にさせて頂いている。この職場合唱団には、3年ほどお世話になったが、その後転勤となり、またもや歌から遠ざかることになった。

私の住む自治会では、例年「納涼盆踊り大会」を行っている。4~5年前の夏、2年続けて男声コーラスによる演奏があった。これを聴いて私は、身体に電気が走った。是非入団したいと思った。その時盆踊り大会の裏方をしていた私は、別の方に担当をお願いして団員を探した。たまたま、客席の方に降りてこられた方(後で、今成さんと判明)がいた。合唱団のことをお聞きすると、同じ自治会に合唱団メンバーの「斉藤さん」がおられるとのこと。早速、斉藤さんに連絡を取って、団名や練習会場、日時、そして時々息抜きの会(主目的かも?)があるかなどをお聞きして“コールJUN”に入団させて頂いた。
今年の4月には、合唱団代表である飯野先生の故郷“秩父”に行って、兄弟合唱団である“コール四季”のチャリティーコンサートに出させて頂いた。合唱に続いて、先生の誕生をお祝いすると共に、今までのご活躍の経過が映像で紹介され、会場は大いに沸き私も感動した。
コンサートの後、2つの施設を訪問させて頂いたが、両施設とも先生方の姿を見ただけで入所者は喜び、名前で呼び合う間柄になっていることに驚いた。長年の地道な活動の結果が、このような関係を築かれたのだと思った。また、入所者が身体全体を使って演奏する姿にも感激した。音楽の持つ力、うまくは表現できないが、心に安らぎを与え大らかにする不思議な力があると感じた。
古希を迎えた今、これからも歌を通じて楽しく歌って行きたいと考えている。
スポンサーサイト
  1. 2012/07/13(金) 22:05:41|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1
<<たかが骨折、、、されど、、骨折入院、始末記 | ホーム | 福島事故に思うこと>>

コメント

お久しぶりです

g2k3I5Ke
震災から1年がこんなに早くやってきた事には本当に驚かされました。
しかし、私が本当に驚かされたのはそちらではなく、
こんな衝撃的な事が、身の回りで起きている事…
我々が知らない世界は、我々のすぐ側にあるのかもしれませんね
http://6FB46D95.7.q8a.org/6FB46D95/
  1. 2012/07/21(土) 11:20:15 |
  2. URL |
  3. 鳥之 #-
  4. [ 編集]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://kilimanjaro.blog5.fc2.com/tb.php/120-a7a2c980
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

kilimanjaro     

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。