コールJUNブログ

コールJUNホームページを補足する。写真も掲載。

たかが骨折、、、されど、、骨折入院、始末記

                   コールJUN  伊 藤 幸 二
 運命の5月19日(土)、あと一時間ほどで”さわやか・ハーモニー”コンサートのお手伝いに出かけねばと、、、、何を思ったのか? 寝室の掃除も終わり、部屋の隅にある、暖房機(オイルヒーター)を片付けなきゃー、相当の重量物だし、キャスターが壊れてる、、、横倒しにして隣部屋へ、ゆっくり慎重に運ぼう、、、床面にあと10cm位の所で、何故か、壊れたキャスターが気になって(魔が差した瞬間?)片手を離した一瞬、もう一方の手が滑り、右足甲上(つま先寄り)に落下。
ぎゃ~!と叫んだのか、う~ん!と唸ったのか、、、激痛のようでもあり、足先が麻痺したようでもあった。 やっちまった~! 想定外?、、、人生の無常、暗転の瞬間、、、。
尖った部分が当たったのか、傷口から出血し始め、手近のテイシュで止血しながら、青黒く腫れてきた足先で、歩けるかなと、立ち上がってみた、、、、、、踵を突けば何とか歩けそう、でも、つま先立ちは無理だ、、、靴もサンダルも履けそうにない。
さてどないしょう? 家内は朝から川柳の句会に出かけ、午後はそのまま、県民プラザの”さわやかコンサート”に直行し、連絡は取れない。
歩けないんなら、救急車でも呼ぶか、と思ってはみたが、、、止血さえ出来たら、、、2~3分後、テッシュとタオルで傷口を押さえ、右足は裸足のまま、踵だけで、なんとかアクセルとブレーキは踏めると、、、北柏駅前の罹りつけ外科医に駆け込んだ。
土曜の午前で満杯の患者、1時間以上待たされて、ようやく受診。直ぐレントゲン撮影の結果、「残念!骨折してるよ」と、、、。万事休す!残念、無念、お先真っ暗と相成った。
外科手術の出来る病院に直ぐ行けと言われ、午前の診察にまだ間に合いそうな、我孫子駅近くの整形外科病院へ、、、国道6号線を5分ほど運転し、昼前に滑り込みセーフ。
午前の診療終了間際だったので、待たされずに受診となった。再度レントゲン撮影となり、結果は、右足第2指甲(Ⅱ肢?中足骨)、複雑骨折、、、取あえずの救急措置として、出血部の傷口縫い合わせと、足裏をプラスチック製の添え木で固定して、、、、、週明けの、21日(月)入院、手術を宣告された。あの事態で、骨折したまま、車を運転して右往左往、今から思うと、ぞーっとするが、火事場の馬鹿力?だったんですかね。
ケガの当初、午後の”さわやかコンサート”のお手伝いは、打撲程度で、何とか行けるかもと、淡い期待を持っていたが、右足が使えず、松葉杖では無理と諦めるしかなかった。
先ず、コンサート手伝いのまとめ役、ミレニアム代表(加藤さん)に連絡をと焦りながら、携帯を持たぬ不自由さを痛感、整形病院に到着して、公衆電話を見つけ、連絡が取れて、ひとまず一安心。一段落して、どーっと落胆と無念の感情が襲ってきた。
ずーと興奮状態が続いて、あまり痛みを感じなかった?が、帰宅後は、緊張の糸が切れたのか、痛みが増してくる。
暫くして、鎮痛剤が効き始めたようで、耐え難い痛みは去り、腫上がった右足を眺めて、ため息をつくばかり、、、超ブルーな、週末を過す事となった。
週明けまで自宅待機の2日間、何とか耐え忍ばねばならない。5月末までは入院ベッド生活となり、当面、退院後も、6月中は全てのスケジュールもパーとなるのは必定となった。
この間、メールやTELにて、自治会役員の活動と高校同窓会幹事会の欠席や、コーラス関係、テニス仲間等への行事参加不能の連絡を取り続けた。
ケアレスミスによる大怪我に、皆一様に、同情?はしてくれるが、「年寄りの冷や水」とか、「体力の過信が招いた事故じゃ」、「俊敏さが無くなった証拠だ」と喝破する友人も、、、、、今更悔い改めても、過去には戻れぬ事態に、天罰じゃーと自嘲するしか、しゃーない。   この程度の怪我で済んだのも不幸中の幸い、天の配慮による暫しの休息だと言い聞かせたところで、何の慰めにもならず、、、ため息のみ出るばかりなり。
コーラス関連の行事は、4月の秩父演奏旅行まで順調に推移。テニス仲間のスキー同好会も、苗場高原での50回記念を正月明けに開催し、会社OB仲間とは、3月初旬のスイス・ツェルマットで、10回目となる節目の海外スキーも無事終了、順風満帆?に行くかと、、、
シーズン前半で残る行事は、6月の柏合唱祭と県プラ文化祭のみ、残りの行事は無事に終わると思った矢先の凶変に、やっぱし、天罰だと、、、、畏れ入った次第。
週明けの月曜、朝から金環日蝕で大騒ぎの中、それどころでは無い不安のまま、、、病院へ。
入院手続きを終え、病室は6人部屋が1床のみ空いていた。先週末の入院手続きで、満室の時は個室でも文句なしの一札を提出済みだったので、差額ベッド代の負担を免れたのはラッキー。昼前に翌日の手術の詳細説明があり、ベッドに戻って、点滴開始、、、愈々入院の初日となった。
翌日、22日(火)、朝からテレビはスカイツリー開業の大騒ぎ、こちらは手術前の、なんとも沈鬱な時間を過ごす。12時過ぎ、いよいよ移動ベッドに載せられて、手術室へ、、、、賭場に引かれる子羊の心境? 丸裸で手術衣を着せられ、まな板の鯉と相成った次第。
煌々と照らす手術室の電燈、不気味な程静かな部屋にはBGMが流れている。
執刀医と看護婦3人が揃って、、、「始めますね」の言葉でいざ手術開始となった。頭の脇にはモニターで手術の様子が写されているが、眼鏡も無く、ぼんやりとしか見えない。
ここからは、リアル?な手術室での、ノンフィクション?が始まるんです。気分が悪くなる人は、、このまま読み続けるのは、、諦めましょう、、心臓に悪いかも??
足指の間から麻酔注射開始、歯科の麻酔と同じような感覚? 痛みは一瞬、でも衝撃大!
3~4箇所、注射する内に、右足の感覚は麻痺、頭は冴えているので、手術医と看護婦の会話も聞こえる、、、「痛みますか?何でも言って下さい!ちょっと辛抱して!」、、、、手術中ずーと、美人の看護婦さんが手を握ってくれている、、、ああー~~神の手だ! 鎮痛薬の点滴の為か少々眠い感じがするが、意識が無くなる訳でもない。骨を引っ張られる度に、鈍痛、ドリルで骨に穴あけ(骨髄に2本のスチール串を挿入)し、削るような音も聞こえてくるが、鈍い感覚のみ。手術室の静かなる時間が経過して行く。
手術室に流れる、BGMからは、青春の頃、擦り切れるほどLPで聴いた、ナットキングコールのヒット曲、「too・young」、ミュージカル、キャッツの「メモリー」や、抒情歌「赤とんぼ」等、リクエストした訳でもないのに、、、、中島みゆきの「時代」のメロデイーも流れ、、、癒しのヒーリング音楽が心地よい。
手術を受けながら、こんな名曲に浸れるとは、、、暫し懐かしい郷愁の往時が想い出されて、、、キャッツ「メモリー」の旋律に、感極まったのか、不意に泪が零れて来た。
引っ張られ、持ち上げられる度に、痛い!と呻く、「もうちょっとの辛抱」と励まされるが、なかなか終わりそうにない、途中で何回も麻酔注射が追加されているようだ、、、漸く手術開始から1時間半後、「無事に終わりましたよ」と言われて、、、あー、終わった!!!
眼鏡をかけて、手術後の骨折部のモニターを見る。足指の間から2本の串(スチール7cm?)がY字形に挿入されて骨折部の補強がされている。6週間後に引き抜けるよう、先端部は指の間に少し出たまま、、、ぐるぐる巻きの包帯姿でベッドに戻った。
手術は成功との事、、、感染防止と痛み止めで、1週間は点滴、順調なら10日間で退院の予定と、、、、、、、、いよいよ、退屈?な入院ベッド生活となった。
入院で先ず経験する病院食、なんと、朝は8時、昼は12時半、夕飯も早く、17時頃と、4時間ほどの間隔で給食が配膳される。食事の間隔には閉口したが、バライテイーに富んだ献立で、此れが骨肉になると思うと、頑張って、全食完食、自宅では文句たらたらの食事や、残飯の多さに、改めて反省。味も文句なしの病院食だった。
さて、暇を持て余す入院生活となって、、、、、せいぜいテレビを観るか読書くらいとなる。有料のテレビカードは節約し、歌謡番組、スポ-ツ中継かドキュメンタリー番組しか観ない事にした。
入院時に本棚に残っていた(今春、書籍の大半を処分)、司馬遼太郎の傑作「国盗り物語」前後編(昭和46年版)を持ち込んだが(40年ぶりに再読)、1週間で読了してしまい、入院後半は、江戸時代、改暦に取り組んだ、天文方、渋川春海を描写した、最近のベストセラー小説、沖方丁作の「天地明察」を購入。
予定どうり、10日間で5月末無事退院となり、術後6週間後の6月末迄、骨折部が接着するまでは、松葉杖のまま、右足踵を突きながらの自宅療養が続く事になった。
自宅に帰えり、暇に任せて、溜まりに溜まった、コーラス関連のビデオやDVDを順番に見直す。(2004年以来、約8年分)久し振りに観る映像に、時の流れを想い、感無量。
テレビのスポーツ観戦は、テニス全仏オープン、サッカーヨーロッパ選手権(専ら録画)、後半はウィンブルドンが開幕したが、何れも夜10時過ぎからのwowow放映で、Liveを観ると明け方になってしまう。これからのロンドンオリンピックも、深夜放映なので寝不足覚悟で観戦するしかない、、、暇人ながら寝不足覚悟の体力勝負だ。
プロ野球の観戦は、有線テレビ契約もムダ、ダメ虎のだらしなさに、今シーズンは既に諦めムードとなり、全くチャンネルを回さなくなった。この体たらくでは、巨人戦にだけは勝ってくれとの思いも、虚しいだけで精神的に良くない。
ようやく7月に入り、ピン(スチール)も抜けて、リハビリが開始されたが、40日以上動かしてない足先と指は、いざ動かそうとしても、関節周りが固まっている為か、充分には動かない、7月一杯かけて徐々に動かせるよう、リハビリに励むしかないようだ。
腫れたり、鈍痛が出たり、目下の所、足指を動かすのに精一杯で、夕方になると、浮腫んだり、血流が充分に流れないようで、まともに歩けるのは何時になるのか、、、、焦る日々。
先般、コンサートで歌った「ドン・マイ!」の歌詞のように、後は振り返らず、前のみ向いて、つんのめりながらも、自力で立ち上がって行くしか、ありませんよね。
最近マイン男声で歌い始めた、岩谷時子作の「夜明けの歌」を口ずさみながら、、、今秋の秩父再演奏旅行と流山合唱祭への参加、10月初旬の高校同窓会への出席、年末クリスマス、志賀高原初スキーを目標に、、、、密かにテニス復活も期待しながら、、、、僅かに本棚に残った書籍の中から、青春時代、最も感銘を受けた、長編大河小説「ジャン・クリストフ」に挑戦し始めたところです。
秋風の吹く頃には、、、完全回復を目指しながら、、、、猛暑の夏を乗り切って行く覚悟です。
                                    以 上
                    2012年7月20日 JUNブログへ寄稿
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  1. 2012/07/24(火) 22:10:03|
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