コールJUNブログ

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  1. 2017/10/16(月) 18:03:47|
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単独コンサート

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  1. 2017/10/16(月) 18:01:38|
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日立への演奏旅行&寮生活の思い出

この投稿は、私が電機会社に入社した時の同期生が、75才になったのを機に記念誌を発行することになり、近況報告として
まとめたものです。団員の皆様には、演奏旅行の思い出としてご覧頂ければ幸いです。
<日立への演奏旅行> 安 邦男

 私は今、千葉県流山市で活動する“コールJUN”と言う平均年齢70才半ばの男声合唱団で歌っている。
私たちは、一昨年10月に、日立市で1泊2日の演奏旅行を行った。日立は、私が子供時代の7年間と入社
後の5年半を過ごした思い出の地である。この度、同期会で記念誌を発行するとのことから、私の近況を
お伝えするため、その時の活動状況をご紹介したい。尚、日立にお住いの皆さんには、今更と思われる

分もあるだろうが、その部分は、読み飛ばして頂きたい。 創業小屋
  
 演奏旅行初日の午前中は、日立工場内にある小平記念館と創業小屋を50数年ぶりに見学した。小平記念館では、小平創業社長の銅像や遺品、発電に長く使われたためバケットの一部が腐食したペルトン水車やカプラン水車を見た。小平記念館の屋上から山の方を見ると、大雄院にある建設当時世界一の高さ(156m)を誇った大煙突(新田次郎の"ある町の高い煙突"で紹介あり)が、短くなったように感じた。子供時代に朝晩見た煙突は、もっとスマートで高く凛とそびえていたように思う。
 次の、創業小屋には、初めて入った。ここは、創業時の方々が外国製 鉱山機械の修理をしながら、自主技術を追い求めて血のにじむ苦労をされた建物である。作業台の下には“わらじ”が一足そっと置かれていた。これを見て、後に社長になられた倉田さんの逸話(資材が無駄になっていないことを確かめるため、わらじ履きで工場巡視を行い、その後に”わらじ”の裏を見て、銅屑が付いていないこと確かめたと言われている。)を思い出して感じ入った。
 午後は、助川小学校近くの「ニチイケアセンタ日立」で、ボランティア演奏を行った。100才を超える入所者もおられたが、多くの皆さんに喜んで頂くと共に、我々もその姿を見て喜びのお裾分けを頂いた。
吉田正記念館その後、神峰公園にある吉田正記念館を見学し、帰り際に野外ステージで大声を張り上げた。その日の宿はサンピア日立で、昔と変わらない山に沈む夕日と海からの日の出を見ることができた。日立港に目を移すと自動車運搬船が入港するところで、大きな船の動きが良く見えた。二日目の演奏会は、高校の同級生で多賀工場に勤め、日立市議会議員を三期務めた河原子在住の渡部さんにご紹介頂いた「多賀市民プラザ」(元の清和館跡地にある)と日立おさかなセンター近くの「特養ホーム成華園」で行った。市民プラザでは、生涯学習塾「暇修学園」の方々の前で歌った。清和館は、50数年前、私が「日立製作所多賀・国分合唱団」在籍中に練習した場所で、当時を思い出して不覚にも挨拶の途中で声が出なくなった。 暇修学園

 成華園では入所者の表情から多くの皆さんに喜んで頂けたものと思う。色々な施設で訪問演奏をすると、体のご不自由な方が、テーブルや椅子を揺すりながら近寄って来てくれる。また数年前に行った小学校では、生徒の感想文の中に「僕が大きくなったら、コールUNに入りたい。」とあった。あと50年は、元気に頑張らなければならない。
 本年1月、松戸・森のホール21で、常磐線沿線にある男声合唱団の集まり「JORDAN会」による合同演奏会が開かれた。ここに「常磐ひたちメンネルコール」が参加していた。その指揮者は、なんと50年前に多賀・国分合唱の指揮をしてしていた上田さん(多賀工場)であった。演奏会終了後に楽屋を訪ねたが、あいにくご本人にはお会いできなかった。しかし、団員の中に、日立工場の石田さんがおられた。50年ぶりにお会いして声をかけたが、怪訝な顔をしておられた。無理もない。石田さんの髪は、黒くふさふさとして昔とあまり変わらなかったが、私の頭髪は、残り少なく前の面影は全くない。誰だと思われても無理はないが、一度、昔話をしたいものである。コーラスを通じて思うことは、「歌は喜び、歌は幸せ、歌は絆」ということである。
元気なうちは、歌うことを続けたい。

以下の文は、上記に関連して投稿した50年以上前の寮生活を綴ったものです。今にしてみれば、恥ずか限りですが、ご紹介させて頂きます。
<寮生活の思い出>     安 邦男
 入社前日の昭和35年3月15日、初めての寮生活を新山寮(日立市)でスタートしてから、2年弱をここで過ごした。部屋は、玄関わきの4人部屋で全員が新人であった。寮は、松林に囲まれその先は海であった。新人は、入寮早々、先輩から“松林に囲まれた寮の中で自主独立の精神を歌う寮歌”を教えられた。またストームと言う荒っぽい洗礼も受けた。当時のストームは、寮祭や村会(三棟の建屋×二階建てを六つに分けた単位で村と呼んでいた。)が終わった後、残りものの酒やビール・ウイスキーなどをやかんに入れて、部屋に入り込み、寝ている我々を叩き起こしては、酒を飲ませるのである。このお陰で酒を覚え、気の合っ た仲間と街に繰り出しては深夜まで飲み、バスがなくなって海岸通りをジグザクに歩きながら帰寮した。
 今でも、当時行き付けであった“クインビー”とか、“L”とか“M ”と言う名を思す。新館が建ってからは、さすがにこの習慣はなくなったようだ。 我々の入社は、創立50周年を記念する年であった。
これを記念して、大運動会が開かれた。寮対抗の演芸では、新山寮から白虎隊の詩吟に合わせた踊りが披露された。題名は確か「落城」だったと思うが、記念すべき場にふさわしくないとの指摘があり、別名に変更したように思う。運動会には、家族を含む大勢の人々が集まり、その前で、 ダンス

「少年団結スー、白虎隊……」と声高らかに歌いながら舞った。寮では、ダンスも盛んで、納涼パーティーとかクリスマスパーティーなどと銘打って、頻繁にダンスパーティーが開かれていた。私も平和通り近くにあったHDC(日立ダンスクラブ)に密かに通ったが、感が悪く短足でもあったので、私には不向きと思い、習うのをやめた。そう言えば、トランペットなどを吹いて演奏活動をしていたパールブラザーズは 運動会
ハイキング

どうしたであろう。工場主催の夜行軍も思い出深い。当時はまだ週休1日の時代。土曜日の仕事が終わった後、バスで工場から50kmほど離れた袋田まで運ばれ、そこから3名1チームの連帯責任で工場に帰ってくる恒例の行事であった。 袋田から竜神峡までの16kmは団体で歩き、 深夜12時に竜神峡を出発してからは自由競争となり、工場を目指すのである。真夜中にもかかわらず道の所々で、従業員や ご家族の方が水や野菜を用意してくれていた。それに助けられながら、懸命に工場に向かった。何としても収容バスには乗りたくなかった。必死に歩いた。明け方に最後の難所、真弓山が待ち構えていた。これを乗 り越えると、眼下に太平洋が見えた。下山では、つま先の方に全体重がかかって痛んだ。後ろ向きに歩くと、足の痛みはやや軽くなった気がした。住宅街に入ると、ラジオ体操の曲が聞こえた。やっと工場に帰れると思った。結果は、真ん中位であった。夜行軍が終わった後、2~3日は足が痛んでトイレも大変だった。
一緒に歩いた仲間は、同室の方々だと思うが、今でも懐かしく思い出される。寮生時代は、遊びもしたが、互いの仕事の話もした。同室の二人は、情管に配属され、英文のコンピュータ取説と格闘していた。もう一人は、エレベータ設計で、小生は器具設計に配属された。そこで新しい断路器の開発に取り組んだが、力不足を感じた。その後、照明器具の方に移動した。私は、新山を含め4か所で寮生活をしてきたが、これらを通じて多くの人を知り、いざと言う時には助けられた。同じ釜の飯を食った仲間は、いつまでも懐かしく心強く有り難いものである。 私は、見合い結婚だが、初めて家内の実家に行ったときに驚いたことがある。 そこは、新山寮入口の左側にあって、東側を鮎川クラブに接した畑の持ち主であった。ある時寮内で、誰かから茹でたさつま芋を貰って食べた。芋の調達先は、おおよそ見当がついた。結婚後にこの話を家内にしたら、さつま芋がなくなったことは気にはならなかったが、美味しかった桃が取られたのは残念だったとのこと。おおらかで良き時代ではあったが、過ぎたことで今でも反省している。 以上、思いつくままに寮生活の思い出を書いたが、読む方の気に障ることがあったら、50年以上昔のこと、時効としてお許し頂きたい。
10月の同期会では、亡くなられた方を偲びながら「新山寮寮歌」を声高らかに歌い、そして心行くまで語り明かしたい。 地元の方々には、大変なご苦労をお掛けしますが、よろしくお願いします。
  1. 2016/10/20(木) 22:13:47|
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